2023.05.15 INTERVIEW
唐津絵理(以下唐津):本日はありがとうございます。キッドピボット『リヴァイザー』の公演がいよいよ間近となりました。永麻さんは実際に『リヴァイザー』を海外でご覧になっていらっしゃいますよね。また本作の振付・演出家であるクリスタル・パイトさんとも別の作品でお仕事をされています。さらに出演ダンサーのエラ・ホチルドさんや鳴海令那さんとも一緒に舞台に立っていらっしゃるということで、あらゆる角度からお話を伺いできたら嬉しいです。
【クリスタル・パイトとの出会い】
唐津:まず、クリスタルさんとの出会いについて伺いたいのですが、最初に一緒に作品を作られたのは、NDT(ネザーランド・ダンス・シアター)にいらっしゃった時ですね?
湯浅永麻(以下湯浅):はい。彼女が初めてNDTに来て作品を作ったのは、 2005年だと思います。その時私はNDT2に所属していました。その当時、ディレクターだったアンダーシュ・ヘルストロームさんは、もともとフランクフルトのウィリアム・フォーサイスのもとで踊っていたダンサーです。彼は、クリスタルさんのことがずっと気になっていて、彼女をどうしても呼びたいと思っていたそうです。そこで、ヨーロッパではまだあまり知られていなかったクリスタルさんを呼んで作られたのが『Pilot X(パイロット・エックス)』2005年)という作品です。この作品はNDT1で作られていたので鑑賞したのですが、すごく面白かったんですよね。その作品を観て、「この振付家はすごい」と思ったのが最初の出会いです。
唐津:まだ直接作品へ出演される前の、クリスタルさんの舞台をご覧になっていた観ていた時期ですね。
湯浅:そうです。NDTはいろんな振付家を招聘するので、いろいろな作品を観る機会があります。ただ、彼女の作品はその中でも少し異色というか、カンパニーメンバーのほぼ全員をまんべんなく起用していた作品だったんです。まずそういう作品が当時のNDTにはあまりありませんでした。短期間で約30人ものダンサーそれぞれのキャラクターを理解して作品を作るゲストの振付家は多くはいませんでした。自分がすでに考えていた作品、想定していたものを何人かの選ばれたダンサーと一緒に作るということが多かったと思います。
基本的にNDTはノンヒエラルキーですが、大勢の人が踊る時には経験豊かなダンサーが目立つようにソロを踊ることが当時は多かったのですが、『Pilot X』の時は、NDT1に上がりたてのダンサーにもソロを踊る機会が与えられていました。そういうこともすごく新鮮で、NDT1のリハーサルをたまに覗きに行きましたが、クリエイションの雰囲気がすごく良かったことも印象的でした。
そして、NDT1に入った時に『The Second Person(ザ・セカンドパーソン)』(2007年)というパペットを使った作品で初めてクリスタルさんの作品に参加しました。その時も群舞の作品で、そこで私は女性のデュエットを踊らせていただきました。
唐津:この『The Second Person』は、オリジナルメンバーとして創作から参加されたのですよね?
湯浅:はい。時期は2006年から2007年のシーズンだったと思います。
唐津:すごい、もう17年前ですね。クリスタルさんのダンス作品を踊るベテランダンサーですね。
湯浅:それからクリスタルさんの作品は、キッドピボットがヨーロッパでツアーをしている時に観に行ったりしました。
唐津:初期の頃は、クリスタルさんもキッドピボットで踊っていたと伺いました。
湯浅:クリエイションの時もアクティブに踊って見せてくれていました。そして彼女がNDTで作品を作り始めてから注目度が上がってきた頃に彼女は妊娠されました。その後に作られた作品は、お子さんを生んだからという変化だけではないと思うのですが、作風がより幅広い人にも届くように少し変わったのかなと感じました。
唐津:クリスタルさんご自身もインタビューで、子どもを出産したことが自分の創作を制限するのではなく、見方を変える、考え方が広がるといったすごく良い影響を与えてるとおっしゃってたので、永麻さんが言われるとおりなのかなと感じます。
【パイト作品の創作プロセスについて】
唐津:当時(NDTで一緒に作品を作られていた時)はどのように創作されたんですか?
湯浅:クリスタルさんは元々、スタジオに行く前にパートナーのジェイ・ガワー・テイラーさんと一緒にコンセプトを練り、ほとんど構想を決めていました。こういう雰囲気で、こういうセットでというのは、結構決まっていたと思うのですが、動き自体はほぼダンサーと作るという感じですね。最初にこういうものを作りたいというコンセプトや大まかなイメージが提示されます。そして、実際に振付を始める際は、動きの言葉の羅列が与えられて、その羅列を用いてダンサーが自分で振りを作ります。それをみんなで見せ合って、それに対してクリスタルさんが肉付けや色付け、感情付けをします。動きの質やそのダンサーの性格を見て、彼女が元々持っている構成に当てはめていくようなことをします。
唐津:パズルみたいな感じですよね。
湯浅:なので、最初の方はグループでずっと動きを作りました。動きを作ったダンサーと違う人が踊るということもありました。本当にシェアするという感じですね。感情が先にあって動きを作るということはあまりなく、それがすごく新鮮でした。他の振付家は、感情から動きを作り出すことが多かったんですが、彼女はそれだと感情に引っ張られて動きの幅がなくなってしまうと考えているんだと思います。「悲しみだったらこういう動きだよね」というように考えたら、動き自体は生まれやすいんですけど、彼女はそこを一回置いておく。動きは動きだけで作っておいて、違う感情を足した時に変化する動きの質感を試していました。こういうこともできるんだなって、とても影響を受けました。
唐津: 物語があるからと言って、物語や感情を表現するわけではなく、動きそのものや言葉そのものが持っている普遍的な、ある意味非常に原始的なものにアプローチしているんだろうなと感じました。令那さんからは、ダンサーによって振付の作り方が全く違ったと聞きました。
湯浅:そうです。ダンサーによって個性もそれぞれで、自分で作品を作るようなクリエイター的なダンサーがいる一方で、自分で創作はしないけれどタスクや人の想いを体現することが素晴らしいダンサーもいます。クリスタルさんは、みんな同じ方法論をとるのではなくて、ダンサーの個性を考え、その人と一番面白いことができるよう、それぞれ異なった方法論とっているのだと思います。
唐津:そうですね。ダンサーたちからもすごく愛されてるというか、ダンサー自身もストレスをあまり感じることなく作品づくりを楽しめているのではないかと感じます。クリスタルさんと創作する時は、自分自身が生かされていて、良い形で作品に参加していたという感覚がありましたか?
湯浅:はい。何をプライオリティにしているのかがはっきりと分かるんですよね。作品を作る場合、参加する一人ひとりがその作品を理解し愛してくれて、遂行してくれることが必要になってくると思います。それぞれがどれだけ楽しんでやってくれるようになるかが、結局大事だと思うんですよね。クリスタルさんの創作現場は、そこをよく考慮していてくれていたと思います。
すごく印象的だったことは、『The Second Person』の初めての通し稽古が終わった後に、ハグをしてくれて「Thank you」と言ってくれたことです。感情的になってしまう振付家もいて、作品を作ることにパッションがありすぎて自分の感情をダンサーにぶつけてしまうこともある。けれど彼女の場合、この作品をみんなで一緒に作るということを優先していて、彼女は自分がどうあったら良い現場になるのかということを常に考えていらっしゃるのではないでしょうか。
【パイト作品のエンターテインメント性】
唐津:創作が始まる時には、作品で扱うテーマや表現したいものについてクリスタルさんからお話がありますか?
湯浅: そうですね、音楽や大まかなストーリー、こういうことを表現したいということが共有されます。
唐津: 例えば、これまでクリスタルさんと一緒に創作してきて、印象に残っている作品のテーマはありますか?
湯浅:『Parade(パレード)』(2013年初演)という作品はものすごく大がかりで、子どもも含め、いろいろな人が楽しめる作品でした。それは先ほど言ったようにお子さんが生まれたということもあると思います。パッと見ると、エンターテインメントで面白いんだけれども、そこには真理みたいなものがものすごく入ってると思いました。彼女の作品はエンターテインメント性を持ちながら、メッセージをすごくアーティスティックに入れる折り合いがあり、その塩梅が素晴らしいと思います。
唐津: 必ずユニークなシーンや少し笑っちゃうシーンみたいなものを入れるけど、扱っていることはすごく深い作品というのは少ないですよね。コンテンポラリーダンスでこれだけエンターティメント性を持って観ていただける作品を作るのは難しいことだと思います。
湯浅: ユーモアって入れるのがすごく難しいなと思います。ユーモアを交えた時に生まれる笑いみたいなものがあるからこそ、本当に言いたいことがより浮きぼりになると思います。コントラストを生み出すことで、ただシリアスなテーマを提示するよりもグッとくる。
【『リヴァイザー』を鑑賞して】
唐津:昨年、永麻さんは『リヴァイザー』をご覧になりましたよね。いかがでしたか?
湯浅:キッドピボットの『べトロッフェンハイント』(2015年初演)はどうしても観られず、すごく残念だったので、『リヴァイザー』は絶対観に行こうと思っていました。前半はすごくコミカルでシアトリカルなんですが、後半は演劇要素を排して、動きだけになっていくという流れのある作品でした。何度か一緒にお仕事させてもらったエラ・ホチルドの長いソロは、もう本当に素晴らしかった。ダンサーを自由に踊らせるためにある程度のフレームを与えた結果、あんな素晴らしいソロが生まれたんだろうなと思いました。
全体の感想としては、すごく情報量が多いので私は字幕があったらよかったなと思ったんですよね。だから日本の観客の方は字幕で観ることができてとてもいいなと思います。ものすごい速さだったので、私は視覚情報の面白さを受け取る方が80%で、英語の本当の物語っていうのは20%も分からなかったと思うんです。だから、分からなかったことが多いんですけれど、すべてのことに対して表と裏があるといった真理のようなものはずっと感じていました。すごくコミカルなシーンがある一方で、そのコミカルを排して冷静になって何が起こっているのかを見たら、すごい辛いことが常にある前半だったなと思いました。人間の社会の怖さだったりが表現されていると思いました。そして、あれだけ個性が違うダンサーたちが同じフロアに共存してるということが、作品のテーマにぴったりだったと思うんです。
【『リヴァイザー』出演ダンサー エラ・ホチルド、鳴海令那との共演】
唐津:先ほど、エラさんのお話が出たんですけど、彼女とは以前一緒に作品を作られていて、昨年『FORMULA』ではまた一緒にダンサーとしても関わっていらっしゃいましたね。彼女は本作ではダンサーとして参加されていますが、先ほどのお話にあった彼女のソロの良さみたいなところは、これまで一緒に関わってきた時とは、また違う一面が出ていたという感じですか?
湯浅:そうですね。エラ自身がすごくクリエイターなので、媒体に徹しないあり方みたいなものがあるのではないかと思います。ダンサーは基本的に振付家が提案したことに対して、どのように自分の動きを出していくかということが重要だと思います。それに対して、彼女はクリスタルさんが提案した動きの方向性に対し、彼女の視点から「クリスタルさんはこういう風にしたいのではないか」と考え、「じゃあ私はこれをこのようにしよう」ということがあったのではないかなと思うんですね。
唐津:最後に令那さんについてもお伺いしたいと思います。一緒に踊られてたことがありますよね。令那さんは、身体は大きくないんだけどもすごくパワフルでテクニックも表現力も素晴らしいと思います。永麻さんから見て、令那さんはどのようなダンサーですか?
湯浅: 彼女がポジティブでいることによって、周りがそれによって触発されていい雰囲気になっていくのを感じます。そして、すごく努力家なんですよ。人の5倍ぐらい練習しています。彼女は自分では怠け者なんですよっていうんですけれど。もちろん身体を痛めない程度にですが、すごく追求します。没頭をすると周りが見えなくなる時があるのですが、そうではなく、良い意味で追求していると感じました。昨年の『FORMULA』で初めて一緒にクリエイションしたんですが、すごく面白く、楽しかったです。
唐津:令那さんを最初に拝見したのは、NDTの公演だったのですが、その後、クリスタルさんともっと仕事をするためにNDTを辞め、キッドピボットに行かれたんだと聞いています。NDTの時とキッドピボットに移ってからの変化は感じますか?
湯浅:令那ちゃんが学生の時にした最初の仕事というのがクリスタルさんの作品と聞いたことがあります。その時の経験が大きな衝撃で、クリスタルさんと仕事がしたいという思いがずっとあったそうです。その後、NDTやドイツのカンパニーなどを経験し、いろいろな場所でいろいろな振付家の作品に参加しながらもクリスタルさんのもとに戻りたいという想いがすごく大きくあったと思うんです。だから近年は、本当に彼女が今まで一番やりたかったことが叶っている状況だと思うんですよ。踊りが変わったというよりも、充実してやっているという安心から自分自身をより出せているんだろうなと感じます。踊りに対する喜びや、クリスタルさんと一緒に仕事ができるという喜びが本当に出てるんじゃないかと思いますね。
『リヴァイザー』を見ると、確固とした自分の場所があるようで、解放されて踊っているように見えました。身体能力的にもチャレンジがすごくあるのだと思います。とてもいい環境にいるというのが見て取れました。
唐津:たくさんの素敵なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
湯浅永麻さんからのメッセージはこちら
2023年4月28日(オンラインにて)
聞き手:唐津絵理
話し手:湯浅永麻