唐津絵理×東海千尋 キッドピボット 『リヴァイザー』プロデューサーに聞くQ&A

2023.05.16 INTERVIEW

5月14日(日)にTwitterスペースにて開催したキッドピボット『リヴァイザー』Q&Aトークより一部編集しています。

東海:DaBYリーガルアドバイザーの東海千尋です。本日は、DaBYアーティスティックディレクターの唐津絵理さんとキッドピボットの『リヴァイザー』についてお話できればと思います。唐津さん、よろしくお願いします。
さて、愛知公演は519日ということで、いよいよですね。

唐津:そうなのです。今回のアジアツアーは、シンガポール、台湾、日本とアジアを回っていますが、ツアーの日程調整は実はすごく大変なのです。キッドピボットはカナダのカンパニーなので、まずはバンクーバーで制作し、モントリオールなどカナダ国内をツアーしてからヨーロッパを一通り回って、オーストラリアやアジアと世界を回ります。日本は一番極東なので最後にするというケースが多いのですが、今回はコロナがあってどんどん延期になってしまい、劇場のスケジュールもパズルになってしまいましたが、なんとか日本に来ていただけるということでホッとしています。明日(515日)にはキッドピボットの皆さんが関空から名古屋入りされます。本当にあっという間です。

東海:今回は、事前に作品の情報があった方が見やすいのではということもあり、今日の時間を設けてみたのですが、まずは、キッドピボットと唐津さんの出会いについて聞いてみたいと思います。

唐津さんはいつ初めてキッドピボットの作品を見られたのですか?

唐津:実は、キッドピボットというクリスタル主宰のカンパニーで彼女の作品を見たのは2019年の『リヴァイザー』が最初なのです。『ザ・ステイトメント』というクリスタルの振付作品を2019年の7月のNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)来日公演で上演しているのですが、『リヴァイザー』は『ザ・ステイトメント』の延長上にあるような作品だなと思っていたので、2019年の『ザ・ステイトメント』の後で『リヴァイザー』を上演するのがいいな、と決めました。

どちらも、物語がしっかりあって、セリフをあらかじめ録音してその録音した音を使って、リップシンクしながら体を動かしていくというスタイルで作られている作品です。テキストを作っているのもジョナソン・ヤングさんというカナダで劇団をされている同じ方で、クリスタルとも何度か共同で創作をされている方です。

『ザ・ステイトメント』が20分ほどの短い作品だったのに対し、『リヴァイザー』は90分の大作です、全体の流れとしても、『検察官』というニコライ・ゴーゴリの戯曲をベースにしたテキストを使いながら、それを物語的に表現する部分が第1部、もっとずっと抽象的に、そのムーブメントだけで展開する第2部、さらにまた物語に戻ってくる第3部という全3部の構成になっています。

コンテンポラリーダンスというと、具体的に意味を持たせると古臭い感じがするとムーブメント優先になっている作品が多く、そのために観客が置いてきぼりになってしまうケースが多いと感じてきました。そのような中で、クリスタルの作品は、コンテンポラリーでありながら、物語にこだわっている作品作りをしている点が面白いなと思っています。

東海:クリスタルさんの特徴的な作品作りという点について、唐津さんはどのように見ているのですか?

唐津:物語という点を強調した作品、あるキャラクターの感情を表現するということに終始しがちになってしまうことが多いと思うのです。例えば、バレエの作品は典型的で、『ロミオとジュリエット』といったらみんながどんなストーリーか概ねわかっている中で、登場人物の心情がダンサーのソロやデュオ、そして情景はアンサンブルで表現し物語が進んでいくことが一般的です。

一方で、『リヴァイザー』の場合は、そもそもみなさんがそれほど知らない戯曲を使っていて、物語がベースにあっても物語を伝えること自体は主たる目的にはしておらず、物語の中にある本質の部分をあぶり出すことにトライしようとしています。

また、身体の使い方についても、物語的というと、ピナ・バウシュのような振付家をイメージする方も多いと思うのですが、クリスタルの場合はウィリアム・フォーサイスのカンパニー(フランクフルト・バレエ団)に5年ダンサーとして所属した経験があるので、フォーサイスのムーブメントの引き出しがしっかりある上で、物語を追求しているという点がユニークです。

物語の方に寄っていってしまうアーティストや、一方で抽象的なムーブメントを追求しているアーティストというように極端に偏る人が多い中で、この二つが両立しているのがクリスタルのダンスの特徴ですね。両立していることによって、物語を超えて、動きの中から立ち上がってくる本質のようなものが、見ている人の深層心理に語りかけていくという、ノンバーバルなダンスの醍醐味につながっていると私は感じています。この点が多くの人を惹きつけている魅力だと思っています。

東海:みなさんがあまり知らない戯曲を用いているとのお話がありましたが、知らないから難しそうと感じてしまうのでは、と思うこともあります。このあたりについて唐津さんはどのように感じられていますか?

唐津:そうなのですよね。結構昔の作品なので言葉自体が難しいですね。ちょっと聞いた話だとネイティブスピーカーでも8割程度しかわからない英語とのことで、私も初めてバンクーバーで英語で見たときは、詳細まではわからなかったです。ただ、それでも十分面白く見られましたし、今回の日本公演では日本語バージョンの字幕が付くので、かなりハードルが下がると思います。はじめから日本語で見られるみなさんのことがうらやましいです(笑)。

とはいえ、結構展開が早いですし、ダンスも集中してみていただきたいというのはあるので、楽しみ方は人それぞれというのはありつつも、ストーリーを簡潔にでも理解しておくと、字幕をそれほど気にせず楽しめると思います。

東海:日本語字幕をつけるという点については、悩みはなかったですか?また、カンパニーとの協議で課題になった点などあれば教えていただきたいです。

唐津:本作品に関しては、最初から字幕をつけないと無理だよね、というところからスタートしました。基本的にはこちらに任せてくれてはいるのですが、実はこの後大変な作業が持っていて、テキストとしてほぼできあがっている字幕とムーブメントを合わせ、表示のタイミングなどを調整する作業をしなければならないので、責任重大だと思っています。

また、今回すごく悩みましたが、翻訳した内容をすべてパンフレットに載せました。すごい量で、小さな字にしてすべて掲載しています。ただ、このあとムーブメントと合わせたときに、字幕の長さの調節などが必要になるかもしれないので、当日公演でお見せする字幕とは少し違うかもしれません。どこが変わったかはわからないとは思いますが(笑)何となく字幕を見つつも、ダンスにできるだけ集中してもらえると良いなと思っています。

東海:今回のダンスの脚本は原作の脚本と登場人物やストーリーが異なる部分があるのですよね。簡単にあらすじを解説いただけますか?

唐津:この戯曲は、とある町に検察官がやってくるという噂を聞いていた町の人々が、町を訪れた一人を検察官と間違え、汚職にまみれた高官などがどたばたするというお話なのですが、これがコメディのようにして上演されたそうです。でも、実は、ゴーゴリはこの作品を書いたときにコメディにしようと思ったわけではなく、社会の腐敗に対するプロテストとして、社会に対するメッセージとしてこの戯曲を書いたのだそうです。

にもかかわらず、演劇作品として上演されたときに、この批判的なメッセージの部分が消されて茶番劇の部分が強調されて喜劇になってしまったようです。しかも、茶番劇として大人気になってしまい、あちこちで上演されてしまったのです。ゴーゴリは、当初の意図とは大きくかけ離れてしまったことに大変落ち込んだそうです。

このエピソードを知った、ジョナソン・ヤングが、作者の意図から変容した形で上演された、という点に面白さを見出して『リヴァイザー』を題材とすることに決めたと聞いています。「リヴァイザー」という英語に「検察官」との日本語を置いていますが、英語の「リヴァイザー」(Revisor)という単語には、公文書などの校正をする校正員(下級公務員)との意味があるそうです。校正、つまりもともと書かれたものを変えることができるという意味で、変化を加えるということを全体のテーマにし、腐敗しているシステムに対してどのように変化を起こせるのか、といった問いかけを全体の軸としています。

『リヴァイザー』の中では、検察官が来ると知った町の人たちが自分たちの汚職について隠蔽しようと大騒動になるのですが、検察官自体は現れないのです。今回の作品では検察官とのタイトルにはしていますが、「リヴァイザー」というのは校正者を指していて、校正者が主人公として出演しています。このように、検察官を校正員という役柄に変えて、物語の中にいれているので原作とは物語も少し違っていますし、登場人物の名称も違います。原作では登場人物は沢山いるのですが、それをダンサー8人で上演するので、原作と同じ役柄の人もいれば、いくつかのキャラクターを1つにまとめてデフォルメしたような役柄の人もいます。オリジナルと変わってない部分と、結構ひねりを加えている部分があるので、ある程度事前に情報があった方がすんなり見られるのではないかなと思っています。

東海:見どころはどのような点ですか?

唐津:クリスタルの作品は、照明等の技術の方や音楽のアーティストなど、いろいろな方とコレクティブで作品作りをされている方なので、演出的にも非常に面白いと思います。

アーティストは、自分が表現することや、今の社会に対してこういうメッセージを表現したい、こういうムーブメントを作りたいといったことに終始するがあまり観客に見せるということを意識していない場合も多いと思うのですが、クリスタルは最初から最後までずっと観客を意識して創作しているとおっしゃっています。どうしたら観客に伝わるか、視線を引き付けられるか、ということを常に考えているので、例えば映像作品でファインダーを使って、ズームするとか、逆に引くとか、そういったテクニックも演出の中で使っているということもおっしゃっていました。たくさんの方々が彼女の作品に惹かれる理由は、彼女が観客の視線を操作する作品作りをしていることも一因だと思っています。

また、観客だけでなく、ダンサーはじめ様々なアーティストとコラボレーションする中で、フェアでフラットな関係性を作っているということは、いろいろな方にインタビューしたり、記事を読んだりする中でもすごく伝わってきます。そういった点で、Dance Base Yokohamaが推進していきたいと思っている健全な環境でのフラットなクリエイションにもフィットしているなと思っていて、共感を持てるカンパニーを招聘、紹介できるのは嬉しいです。

あとは、『リヴァイザー』に出演されているダンサーのレベルが本当に素晴らしいです。8人ともすごく個性がある役柄ですが、それに合わせて一流のダンサーを選んできています。クリスタルの作品を何度も踊っていらっしゃる方や、鳴海令那さんのように、元々NDTにいらっしゃったダンサーでクリスタルの作品が好きだということで、参加されている方もいますし、振付家として活動されている方も多いです。そういったスペシャルなダンサーたちが『リヴァイザー』に出演しているので、ダンサーの身体性を見ているだけでも十分楽しめます。

東海:パンフレットにもこだわっていますよね?

唐津:そうですね。パンフレットを作るときには、作品に対する補助線をいろいろ入れたいなと思っているので、今回私が最初に考えたのは、ロシアとウクライナについて書いていただける人がいないかなということでした。ゴーゴリは、ロシア語で戯曲を書いていますが、ウクライナで生まれ、最後もウクライナで亡くなった方です。そして、2019年にこの作品が初演されてから、ロシアによるウクライナへの侵攻が起きているので、ロシアやウクライナについて研究されている文学者の方がどのように原作を見ているのかが気になりましたし、今この作品を取り上げるにあたっては、避けられない問題なのではと思い、プログラムへの寄稿をご依頼しました。

また、私は自分がプロデューサーとして、もっとこの業界全体について興味を持ってもらいたいという思いを強く持っているので、出来上がったものだけではなくてそのプロセスにおけるマネジメントやプロデュースがどういうものなのかを知っていただきたく、今回キッドピボットのエージェントの方にもインタビューしています。クリスタルがまだ知られていなかった若い頃に最初に彼女の作品を見たときの印象やその後のマネジメントに関してお話いただきました。北米を中心にプロデュースやエージェントをされている方なのですが、ヨーロッパのマーケット・北米のマーケット・アジアのマーケットにどのようにアーティストを売り込んでビジネスにしているのかなどの話を伺っていて、普通のパンフレットにはないインタビューになっていると思います。

東海:それでは、1時間以上経過しているので、最後に伝えたいことはありますか?

唐津:今円安もあれば、コロナ以降のフライトの飛行機のコストやホテルのコストもものすごく上がってしまっています。その結果、もともと予定していた予算の1.5倍から2倍くらいかかってしまうような時代です。1990年代は、日本では豊かな経験もできるし、ギャラも十分に出してもらえるということで、海外のカンパニーにも人気でした。でも、今はもう日本の状況が変化してきて、さらに来日に時間もかかるのでだんだんと敬遠されているなと感じます。また、CO2の排出を気をつけていらっしゃるアーティストもどんどん増えていて、飛行機移動を止めましたとおっしゃって日本に来ない方もいらっしゃるのです。なので、今後日本で海外のカンパニーを見られる機会は、どんどん減ってくると思います。コストが増加して助成金の確保も難しいとなると、結局はチケット代が跳ね上がることにもなるかと思います。そういった危うい状況なので、これだけの作品が日本に来ている時、見られるときに見てほしいというのが切実な思いです。観客が少なくて、需要がないということだと招聘公演を実現させる必然性も薄れてきてしまうので、見に来ることで意思表示をしていただければ嬉しいです。ぜひよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。

コラム一覧へ戻る